残夢
私はずっと美しい男になりたかった
女が好きなわけでは無い
ただ、ずっと美しい男になりたかった
その造形を愛していた
美しい女ではなく
可愛い女でもなく
美しい男になりたかった
その骨も皮も筋肉も
全部全部欲しかった
美しい男にしか似合わない笑みも
美しい男にしか許されない所作も
全部全部欲しかった
だからせめてそれらを手元に置いておきたくて
たくさんたくさん男を手に入れたけど
何の意味もなかった
何度目覚めても
鏡に映るのは昨日と変わらない女の顔だった
逃げ水
脳みそが空っぽだと思った。
「水飲む?」
そう言って差し出されたペットボトルを受け取って、蓋が軽く開けられてることに気づいた。
その気遣いに苛々する。苛々すれば感謝の言葉も発したくなくなって、目も合わさずに受け取った。
受け取ったものの飲む気にもならず、膝の間に置いた。素肌に当たれば冷たい。服を着なければいけないのに体はだるく億劫だ。上半身を持ち上げているだけでも褒めてほしい。
下着とTシャツを身につけた男が、ペットボトルを眺めている私に体を寄せてくる。
ありがとうだの気持ちよかっただの言ってる気がする。気がするわけではなく実際に耳元で囁かれているわけだが、そのくらい遠くに聞こえる。
この人私のこと何も見えてないんだな〜と思った。
私は水よりも下着を探して渡して欲しかったし、そもそも身体を起こしたくもなかった。
ありがとうなどと感謝される覚えはなかったし、気持ちよかったなんてお前の感想正直どうでもよかった。
なんでみんなセックスしたがるのかわからない。セックスしたらセックスした男になってしまう。
さっきまであんなに楽しかったのに。
さっきまであんなにちゃんと会話していたのに。
もうお前はただの経験人数になってしまった。
名前のない男。何十分の一の男。
つまらない男。
後ろから抱きしめてくる腕をなるべくそっと解いた。手持ち無沙汰になった相手にペットボトルを無言で返す。
そのまま手探りで下着を取って、するすると身に纏った。
身支度を進めて最後にテーブルに取って置いたアクセサリーを身につける。鞄を手に取って「帰るね」って笑った。
「送らなくていいよ」と拒否したのに「送る」と言って聞かないからタクシーを拾ってもらった。
気持ちが悪い。ずっと気持ちが悪い。
タクシーに乗って初めて息がつけた。
もう諦めて
「そういえば」
一通り近況報告が済んだ後、男が思い出したように口にした。
「あの人、結婚したらしいよ」
「へ〜そんな気がしてたよ」
「知らなかったんだ、仲良かったのに」
「まあね」
そう言ってグラスに残ったほとんど水になった氷を口に含んだ。
さっきまで飲んでいたハイボールを極限まで薄めた味がする。不味い。どうせアルコールの味なんてどうでもいいんだけど。
知らなかったんだよ。
仲良いんじゃなくて仲良かったんだよ。
全部過去形だ。
私の世界だけが、進んでいなくてまだこんな安いチェーン店で不味いアルコールを呷ってる。
お前だけ、お前だけ進んでる。
もう何も入ってないグラスを握る手を離せない。悔しいのか悲しいのかわからない。
目の前の関係ない男を無茶苦茶にすれば気が済むだろうか。
目の前の男の、テーブルに置かれた骨張った細い手に自分の柔らかな白い手を重ねてやろうと思ってグラスから手を離した。
私だけが何も変わってない。
自分本位なところも、傷をつけるところも。
本日はお日柄も良く
暗くなった窓の外を見ながら
烏龍茶を飲み干して
「私たち思ったより仲良いね」
ってホテル取らなかったこと後悔した。
午前2時
目が覚めると泣いていた。
いや、涙が出たから目が覚めたのか?
どちらでもいいけどとにかく目が覚めたとき不愉快でたまらなかった。
時計を確認するのも億劫だった。
微かに雨の音がする。正しくは車輪が雨を切る音がする。
薄暗い部屋でとにかく不愉快な私は見ていた夢を頭で反芻した。
人生で一番私を狂わせた男の夢。
私を作り替えたくせに私に作り替えられなかった人。
私のものにしたいくらい好きで、私のものに絶対ならないところが好きだった人。
夢の中でも思い通りにならなかった。
未来の君に会ったはずなのに、私は未来の君を知らないから、あの頃の外見で知らない職業で、あの頃の笑顔で、知らない仕草で出て行った。
現実で酷い別れ方をしたからもう二度と会いたくないし、会えないから、大丈夫だよ。
わざわざ夢にまで出てきてくれなくても、大丈夫。
それとも少しは私に会いたかった?
君は結婚したんでしょう。
午前1時
今週のお題「爆発」
夢だとわかった。
なぜなら私はあなたといてこんなにも楽しい気持ちになったことがなかったから。
あなたのことが好きで好きでたまらなかったけれど、あなたといる私のことは大嫌いで、一緒にいると苦しいばかりだった。
目が覚めてから、私があなたに会いたがっているのかと思ったけれど、私は夢を見るまであなたのことなど覚えていなかった。
あなたが会いたがって私の夢に出てきたのだとしたら、迷惑な話だと思う。
こんな夜中に私を起こして、私の涙腺を決壊させるなんて、迷惑な話だと思う。
明日も仕事なのに。
会社が爆発すればいいね。そしたら私、あなたの夢の余韻を引きずって会いに行けそう。
あなたに会うためには、永遠に眠らなければならないけれど。